2010年7月10日
先週の北米出張中に米大の連中と話題になったのが、Googleにいった学生さんの今後、というかコンピュータサイエンスの今後。ご存知のようにGoogleは博士課程の学生さんに大人気。コンピュータサイエンスのPhDをとって企業に行く人はいままでも多かったのですが、例えばIBMやMSは研究職雇用で論文も書いていました。だから企業をやめたあと大学で教員として採用されることも多かったのです。しかしGoogleに行かれた博士課程修了の学生は技術職採用で論文をあまり書かない。そうなると彼らがGoogleをやめられても、大学としては採用しにくいのです。問題なのはコンピュータサイエンスは、Googleに優秀な学生さんを取られている上に、その学生さんたちがコンピュータサイエンスのアカデミック研究に戻ってこないとなると、長期的にはコンピュータサイエンス全体としてジリ貧になりかねないということ。特にGoogleにいく学生さんが多い研究分野は深刻です。
ここスイスでも朝になると、出勤のため多くの人々が満員の電車やバス、トラムに揺られて出かけてゆく。一般的にヨーロッパの交通事情は、日本に比べて時間通りに来ないとか、本数が少ない、はたまた頻繁にストライキが起きるなど色々困った話を聞くことが少なくない。だがスイスの公共交通機関は、列車のダイヤの正確さや乗り継ぎのスムーズさ、充実した通勤・通学用定期券など、ヨーロッパでも一、二位を争うほどサービスが優れていると言われている。
しかし、それゆえ利用客が必然的に多くなり、その結果地方都市からぎゅうぎゅう詰めの列車で、チューリヒやジュネーブといった主要都市まで、片道1~2時間近くかけて通勤する者は珍しくないのである。
少し長い例になるんですけれども、昨年、ある中国地方のテレビ局の仕事で、田舎で働き、暮らしたいと思っている若者たちをテーマにした番組に出演させてもらいました。その番組は、田舎暮らしをしてみたいと思っている若者たちをスタジオに呼んで、中国地方の地域活性化に取り組んでおられる自治体の担当者の方々も呼んで、お互いにディスカッションしましょうみたいな内容でした。その中で、自治体の人たちが自分たちの地域をアピールしてくださいという時間を設けられて、喋ったんですね。
そうすると、それに対して若者たちがあまりピンと来ないと。「中国地方に住みたいとあまり思わないな」と言う。「なぜだろう」という話になったときに、僕が口を挟んでこういうことを申し上げたんです。
「皆さんが今アピールされたのは、ウチにはこんな名産品があるとか、サッカーチームがあるとか、つまりこれは全部消費に関わる話ですよね。消費であれば都会でもできる。しかし都会で消費をするために、たくさんお金を稼ごうと思って大きな企業に入ると、自分の作ったものが誰の手に渡っているかも分からないし、そもそも自分が社会の役に立っているかもまったく分からない。
そういう環境を離れて、自分の仕事がちゃんと誰かの役に立っていて、その地域で自分のした仕事が必要とされていることなんだ、自分は必要な社会のワンパーツなんだってことを認識したい。そういう考え方があるんじゃないか。だからこそ、消費ではなく、生産とか仕事というところで、どういう風に地域に関われるのか、貢献できるのか。ここが彼らの関心になっているんじゃないだろうか」
そういう話をしたら、若者たちがウンウンとうなずいていました。
三流は人の話を聞かない。
二流は人の話を聞く。
一流は人の話を聞いて実行する。
超一流は人の話を聞いて工夫する。
(羽生善治棋士)
大事なことは、思い込まないことだと思う。友達が大事だ、と思い込まないこと。でも、孤独が最高だ、とも思い込まない。当然だと思われるもの、慣れ親しんだもの、これだと決めたもの、をいつも疑って、またその疑うことも疑う。それくらいにしていてちょうど良いくらい、人間というのは思い込みが激しい。思い込んで、考えることをやめようとする。考えるというのは、自分との対話だから、結局は自分と口をきかなくなっていくのだ。もっと話を聞いてやってはどうだろうか。